REVIEWS



やた みのり「荒野の夢」
2009年 7月30日〜8月11日

Minori は、大学時代彫刻を制作していた。彫刻と言っても石や材木を切ったり削ったり鋳造したりするのではなく、一言で言えばコンバインペインティングといえるかもしれない。しかしローシェンバーグが提唱したような日常的な道具、廃品を組み合わせその上に筆を加えるものではなく、木片や枝木などを組み合わせ構成するのである。さらにその表面を手紙、切り裂かれたMinori自身の手になるドローイング、彩色した和紙などで覆い、「木」という支持体にコラージュを施すことにより「木」の本来持つ意味を変換するのである。現実空間と造形空間を対置させることにより緊張感を生み出すと言う点においてより生け花に近いものがある。それはよくあるセンチメンタルな日本文化への思慕の表れではなく造形上の借用に過ぎない。そこにMinoriの創作への確たる姿勢がうかがわれる。
Minoriは、60年代に結婚を機に渡米した。爾来、約半世紀に亘ってアメリカに滞在し、子育てを終えるやUCサンディエゴで大学、大学院と進み、美術教育を受けている。彼女とお会いしたのが、丁度その頃である。すでにイタロー スカンガ教授の下でティーチングアシスタントとして働いておられた。当時からユニークな言動で、教授や私たち学生を煙に巻いていた。また世話好きでもあった。私も面倒を見て頂いた一人である。Minoriと私は共にスカンガ教授をメンターとして学んだ間柄である。そして共に影響を受けた。彼の作品は端的に言えばトーテミックなコンバインペインティングと言えるかもしれない。毎週フリーマーケットに通いさまざまな古道具や置物をときには廃品(?)を購入してくる。それらを寄せ集めたり組み合わせたりしてその上に絵筆を走らせていた。精神はネオダダのジャンクアートにも通じるところがある。彼女にはまちがいなくスカンガの影響が見て取れる。
Minori は、これまでサンディエゴ、シアトル、サンフランシスコと転居を繰り返し、今現在ニューメキシコの砂漠に一人住む。終の棲家としてだろうか、砂漠の真ん中に居を構えた。電気は太陽エネルギー、水は雨水といった半自給自足の生活である。晴耕雨読と言ったところだろう。その広大な空間の中で、Minoriは自らの精神を解き放ち何事からも自由でありたいと絵筆を取る。人間として芸術家として確固たる世界観を見出したように見える。その言動から、仏教に帰依しておられるのか、慈・悲・喜・捨を求める精神が垣間見えるのが興味深い。
Minoriは、これまで彫刻、インスタレーション、パーフォーマンス、音楽、詩と幅広く作品を発表してきた。今回の作品はアーティストブックである。自身ジャーナルと呼ぶこの作品は文字通り日記である。端的にいえば小学生のころ描いた絵日記である。日常の生活の中で目にするさまざまなイメージ(それは印刷物であり、送られてきた手紙でもある。)を言語として彼女自身の詩の世界を構築するのである。ファウンド ノートブック(手帳やカレンダーなど)に砂漠に一人住む生活と心境が絵と文字で綴られている。彼女のこの詩作は表現方法こそ違うがコンクリートポエムを髣髴とさせる。
Minoriはメディアが何であれ、一貫して言葉にこだわってきた。自らの生活に密接に結びついた卑近な事象を言葉とイメージを援用し見事にハイアートにまで高める。何にもとらわれず自由奔放に思いをアートにまで昇華することができる生来の詩人である。

コンテンポラリー アート ギャラリー Zone  代表 中谷 徹