EXHIBITIONS

2009年5月17日(日)〜5月31日(日)
池田 慎 展 「屋根つき商店街」
Shin Ikeda Exhibition

 東京在住の方が、「大阪は小さな商店街にもアーケードがついていて驚いた。」と言う。それが普通だと思っていた僕は、それに驚くことに驚いた。
 普通のことが特別だったり、特別なことが普通だったりする。それは元々、特別なことなのかもしれない。屋根は大切なモノを守っている。
<池田 慎>
 

池田慎展「屋根つき商店街」
 初めて池田の作品に接した時アイディアの奔放さ、斬新さに目を見張った。ごくごく日常の生活の中で人が見過ごしている些細なことを、子供のような遊び心でアートの文脈に取り入れる能力に長けていると思えた。
今回のテーマ、「屋根つき商店街」にして、そうである。 池田の言葉。「東京在住の方が『大阪は小さな商店街にもアーケードがついていて驚いた。』と言う。それが普通だと思っていた僕は、それに驚くことに驚いた。」この東京人の大阪のアーケードの屋根への「驚嘆」から作品が出来たのである。
 通常、「屋根」という語から受ける「音の印象」と現実の屋根という概念との間に必然的な「適合性」、明白な「同一性」がある。つまり同じ言語を話す人々の間にこの関係が共通理解として成り立っているのである。しかし、池田は「東京語」と「大阪語」の記号表現と記号内容に微妙な差異が生じていることに気づいたのである。
 屋根とは、「雨露、寒暑などを防ぐため建物の最上部に設けた覆い」である。これは、明らかに人間もしくは人間にとって大切なもの(家畜や家財など)を対象とした言葉である。池田はこの言葉をさらに拡大解釈し、「ほうき」や「割り箸」や「蚊取り線香」など消耗品などにも、屋根を取り付けたのである。彼の遊び心は常識を覆し「東京人」のボケにツッコミを入れたのである。「大阪では蚊取り線香にも屋根がついとんねんぞ。ビックリしたか」と。これはまさに、吉本の漫才にも匹敵するナンセンスユーモアである。
 りんご、バラン、ボタン、きらず揚げ、小麦粉、割り箸、蚊取り線香、卵、バラの花、パスタ、箒、レンコンなどに屋根が据えられ天井からテグスで吊るされている。空中都市がギャラリースペースに忽然と出現した趣である。桜井市場のコスモス版である。それぞれのオブジェは桜井市場内の商店が扱っている商品か使用している物である。池田は市場全体をインボルブし「桜井アートコミュニティ」を作品として創り上げたのである。
 さらに極めつけは、池田のパーフォーマンスである。ギャラリーには丁度ヘルメットのように観客が装着できるような作品が展示してある。頭部が屋根の形にデザインされ装着すると頭部に屋根を載せるようになる。池田は背広にネクタイと言った典型的なサラリーマンのいでたちで、自らこれを装着し桜井市場内を、(ちょうど予定されていたように雨が降っていた)小雨の中、公園で時間をつぶしたり、ランチを取ったりしながら近隣を、駅までの通勤道を、そぞろ歩くのである。ここでは「屋根」は単に屋根を意味するだけでなく、「家」として捉えられている。家のローンに一生を費やすサラリーマンを、家族のために身を粉にして働くサラリーマンを、ユーモラスにかつ哀愁を帯びた調子で表現している。吉本新喜劇顔まけである。
 この作品(池田が装着した作品)だけが主を待っているように空き家の状態で展示されている。制作者だけでなく、観客も身に着けることができるように企図されている。かつての、「私、見る人」、「あなた、作る人」のアーティストと観客の関係ではない。作品を身に着けることにより、観客自身がアート作品の制作者に加担し、今までのような受け手としての観客ではなく能動的に観客自身がコミュニティにアートを発信し、働きかけることができるのである。アーティスト、観客、コミュニティの三つ巴の関係を築くことができ、そこで初めてコミュニティと観客とアーティストがリンクするのである。
 意図的にするパーフォーマンスとは異なり筋書きの無い、かつての60年代に行われた「ハプニング」が繰り広げられるのである。しかし、この池田の「ハプニング」は全く個人的なものであり体制とか権威、慣習を攻撃しようと言うのではない。ごくごく日常のさりげない光景の隙間に非日常を創出するのである。通行人(不特定多数)が観客であり、日常の狭間に、新しい観客との新しい関係を築くのである。池田の作品は「隙間アート」と呼べるかも分からない。それほどに、日常生活の隙間を巧みに顕在化させる。
 池田は、価値基準の違いによって普通のことが普通でなくなり特別なことが普通になることに疑問を投げかける。彼は目ざとくそのギャップを捉え普通にあたりまえに、日常存在するものを再構成し、人に新たな可能性を目覚めさせるのである。パーフォーマンスにしても、インスタレーションにしても池田は見事にそのギャップを可視化し観客に提示している。
 作家をカテゴライズするのは本意ではないが、池田の作品は美術批評家の松井みどり氏の唱える「マイクロポップ」の理論を髣髴とさせる。大阪の泥臭さとユーモアを纏った新しいスタイルのアーティストであることには間違いない。

コンテンポラリー アート ギャラリー
Zone 代表 中谷 徹

池田慎のパーフォーマンスムービー(QT movie)
「屋根つき商店街 只今散歩中」を見る(約13分)
<撮影・編集/橋本修一>

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